昭和40年08月06日 夜の御理解



 ここには信心の稽古に来る所だと。ここには信心の稽古に来る所じゃと仰る。信心の稽古とはどう言う様な事か、またその稽古をするとどういうことになるのか。私はそこのところが、はっきりしておかなければいけないと思うね。信心の稽古とはどう言う様な事かと。もうただお参りさえしておれば信心の稽古なのか。またその稽古をしたらどう言う様な事が分かっていくのか、どういうふうな事が身についていくのかと。ね、
 ここんところがはっきりしていないと、信心の稽古が稽古にならんのです。皆さんどういうふうに思われます、信心の稽古とはどう言う様な事か。しかもその信心の稽古をさせて頂いたら、その稽古が段々出来ていったら、どういうことになるのかと。その信心の過程には、どう言う様な事が、あるのかと。先日、親教会の御大祭の時に私が体が悪くて、家内が代参しました。皆すんで帰ってきたところが。
 一番下の栄四郎が、お参りしておったそうです。ちゃんと親先生がいつも座りなさっとこきてから、がんとしてから、お祭り伺う様になったっち言ってから、私どうしてあんた参ったかっち、僕の貯金がめからお金出してから、御初穂でんバス代でんお賽銭でん、それからしたっちゃけん、僕が一人で参ったっちこういうわけです。なら参ってから何なんの、何があんたんなら見てきたのち、何ば聞いてきたのと私が言った。
 ちゃんとお父ちゃん、お祭りば見て来たち、どういう家んとこの親先生は、勝彦兄ちゃんを出しなさらんとかち、こういろいろ聞きましたです。ばぁっと先生達が出ちゃったっち、家の勝彦兄ちゃんはどういうわけねち、さあどういうわけじゃろうかと、下駄預りね、かわいそうなち、してからわざわざそう言いますもん。そりゃまだ一番若くて、修行せんならん時じゃけんでじゃある。
 それとあんた大体んなら、お説教はどげな説教を頂いて来たかち。もう2時間も話しゃっしゃったち、もうこう肥えたもう重箱のごたる顔の先生じゃったち(笑)。なら違わん久留米のひとつ上の、あの田中先生ちいう先生じゃったじゃろうっちいうて、そうじゃるちというわけ。もうこう体がこう大きかったち。だからあげな大きな先生が、あの通りの心が大きなら、そりゃ信者が助かるじゃろうち思うたってこう申しました。
 体が大きいごと、心もあげん大きかったなら、そりゃ信者が助かるじゃろうっち思うたって。段々お話を頂いているうちに、どう言う様なことがんなら一番お話の、有難かその、まあ僕が覚えて来たとは、どういうとこじゃったかって言うて聞いた。そしたらね、こう言うような話さしちゃった、っち言うてから、その先生のお話しなさったその、答えまで先に出すんですね。
 いわゆる門限の小僧、習わずて経を読むと言ったような、例えが御座いますが、本当にそうだなあと、一つのしきたりとか形式とか、と言った様なものだったら、もう確かに教会にいるならそりゃ見とりゃもう、ちゃんと先生のせにゃならん、ごたる事でん覚えてしまうということですね。まあ、ああた家の子供はまだもう、五つの時から天津祝詞を上げます。そりゃ当たり前のことです、朝晩聞きよるっちゃけん。ね。
 ですからもう、朝晩やっぱ頂いておるその、御理解なんかを、と言うのはどう言う様なものか、と言う様な事やらもうあの人位になると、段々分かるんですよね。もうその話が古い話じゃったって言うんですね。それがその馬一匹、馬一匹がお父さん百円ぐらいの時分の話よっち言うて話す。まあいわゆるその、昔の話という意味なんです。まあそのつもりで聞いてくれというわけなんでしょう。
 馬一匹が百円ぐらいの時分のじゃけん。その百円であるお百姓さんが、買い、まあ求めなさったところがです、その馬がその、病気をした。それでその、信心しておるところの教会に、お参りして先生にお願いしたところがです、先生、今にこの馬を売るならですね、その肉屋が30円でなら買い取るっち、生きとるうちじゃから。けれども死んだらもう、値打ちはなか、とこう言われるから、今のうちに売りましょうかどうしましょうかというて、そのお伺いに行った。
 そしたらその先生がいわっしゃる事がです、そりゃあんた馬でちゃ頭の痛か時もありゃ、腹の痛か時もある。ね、それでも黙って辛抱して、今まであなた方の家の為に働いたのじゃから、どんなもんじゃろうかの、そりゃあんたが売ると言うなら売りさんなとは言わんけれども、ね。ほんとに日ごろの事を思うたら、そういう時こそ、愈々まあ自分かたの家族のものとしてですたい、介抱してでもやらなければならんのじゃなかろうかと、いうふうにまあ、言われたらしいんですね。
 そこでその、まあ売らんことに腹が決まったと。僕はそこんとこまで話を聞いた時に、はあ、この馬はおかげ頂くなっち思うたち。それが常識なんです、信心の。そういう気持にならせて頂いてです、とてもみすみすこれが体がようなったから、この馬がいわば、まあその病気をしたから、その人が世間体言うて、30円でん取ったが儲けと言うたら、浅ましい心じゃおかげ頂かんことを日ごろちゃんといただいておると・・。
 いわゆる(     )になってからも、日ごろ働いておってくれとるこの馬の為に、一家中の者が介抱でもしようっちゅうごたる、気持にならせて頂いたらです、そういう気持になったら、おかげ頂かれる様になってるったい。だからそうしにゃならんけん、そうしたんでは、どうにもならんけれどもです、そういう気持になったら、おかげになると言う事。そしたらやっぱ、その馬がまた百円に戻ったっちいう、そういう話じゃったっていうわけなんです。
 (    ?    )のよかところば、あんた話聞いてきたね・・。ですからね、そこまでの話、ぐらいならです、そんなものであると言うことだけぐらいはです、ね、それこそ門前の小僧でも習わんでも、そこは分かるということ。それも実際にですね、それをそうさせて頂かなければ、おられないという心は、日頃稽古しておかなければ出来る事じゃないと言うこと。
 私信心はその辺が、だから分って行くと言う事が、段々有難いとこう思うんですよね。今日のもう夕方でした。何のことからだったでしょうかあの、風があちらこちら被害が随分あったと言う様な話からでした。それで大体もうこの風はもう、その通り過ぎたところじゃろうかち。もうこの頃ニュースも聞かんし、テレビも見らんから何にも分からんから、どげなもんじゃろうかね、あの皆がテレビを見らんけれども、ニュースのニュースだけぐらい、見たっちゃよさそなもんて。
 栄四郎君あんたもニュースだけは見るごたるふうにしたらどうかて、いわゆる御造営の済むまでは、テレビは見ませんという、その言わば誓願を立てておるわけなんです。栄四郎としては。だから( ? )ニュースだけならば、よかろう・・。皆がそう言いました。栄四郎が下を向いて黙っていますもん。栄四郎君はどうね、っち言うたら、僕は見らんよっち言う、ニュースでも見らんよっち。
 ニュースでも見よると他んとば見よごつなるち。もうほんの一口そげん申しました。栄四郎君その通り、その通りばいって私は申しました。ここんにき誰でんすぐですねそのいわゆる便乗するというか、こん位の事なら良かろうかいわばこんな事じゃいけない事まで、ついそうしてしまう訳なんです。だからここへんが信心がさせて頂くと、あれは言わばまあ意固地の様に見えたり、意地っ張りの様に見えるけれどもです。
 信心で言うそれは決して意地っ張りじゃないです。そこをそういう信心でいかなければ、おかげ頂かれないですね。漠然とした例えば光。蛍を何千匹集めたところでです、成程その蛍の光で本が読めるくらいに明るくなったとしてもです、それではやはりあつっっと言った様なものは頂かれないのですよ。例えば線香の火なら一本でもです、紙の裏表を貫き通す事が出来るでしょう。もう紙の裏表を貫き通す、神様の心を通い貫かせてもらうというところまでは貫かせていただかなければいけないということなんです。
 だからこれ皆さん、信心の稽古させて頂くという事はです、そう言う様なものだということを矢張り先ず、承知しなければいけません。そして信心のおかげという一つの、まあ常識と言った様なものをです、体得しなければいけない。ね、こうすればこうなる事が分かっておるけれども出来んのでしょうが。そこを稽古するのです。その稽古が出来る時に、私はおかげ頂かれると思うんです。
 昨日少年少女部会で、青年部のリーダーの方達を先頭にして、平原で信心の実習会をいたしました。今朝から長男がここでお届けいたしますのに、ほんとに信心の実習をさせて頂きたいという願いを皆思うっとったが、まあほんとに子供達には分からなかっただろうけれども、青年部のリーダーの方達は、もうほんとに神様の働きを感じられた事だろうと言うておりました。
 初めから最後まで本当に神様のおかげの中に、おかげを頂きこうむったとこう言うんですね。まあその一日中のことですから、かいつまんで申しますとですね、沢山の荷物を積んであの永瀬さんとこの四輪車を借りて、荷物を運んでたんです。所が平原の入口んとこまで行った所が、どっこい動かなくなってしまったっち言うんですね。そしたらその丁度そこに総代さんの、高山さんがですねあの角まで買い物にみえるっち。
 あの石垣からあのパン屋さん所の、守部までは相当ありますですけれどもね、どうしてかあの角まで買い物にみえたち言いよった。はぁ今日は少年少女部会ですねって、それからあの高山さんそれで車動かんごとなったっですがって言った所が、そんなら私の方の車を使うて下さいと言ううちにバスが来たっち。そしてそのバスに二人とも乗ってから、嘉郎さんがその向こうから三輪車を、借りて来たとこう言う様な事なんですね。
 もう一事が万事にその通りであったと。もう帰りは帰りまであの光昭君が、その迷子になってから、あの遅うなったと話までしておりました。その時にあのよその子なら大変だけれどもですね、もう自分方の子供自分とこの弟だと思っとるから、僕は安心しとったんですけれども。それからもう、皆で手分けしてから探したんですが、あの山の中のもう暗くなった所を一人でぼちぼち下りてきよって、まあおかげ頂いたって言う話からです、もうほんとにスリルを感じさせて頂きながら。
 神様のご守護に中にある、いや信心の稽古をさせて下さっておるな、という実感である。信心の稽古に通わせていただくその信心の稽古、の仕方をここで稽古させて頂くので御座いますから日常生活の中に、信心の稽古をさせて下さるのですよ。こういう時にはどうするか、こういう時にはどう言うならそれに、受けていくかということ。ね、それでそこにでて来るのは、成程こういう、ヒヤッとするような事の中にでもこういうご守護を受けておるんだなということを、わらせてもらうときです。
 神様の働きの中に、一分一厘の狂いのない、間違いがないお働きなのであるから、どのような事でも信心で受けてさえいけばよいという、いわゆる自信というか確信ができてくる、それを信念と言う。その信念が信念が確立される。そこに安心の生活が約束される。ね、この安心の生活を目指してのおかげ。その安心の生活が出来るということが、そのままお徳である。そのお徳があの世にも持っていければこの世にも残しておけるというものであるというような、言わば稽古。ね、
 稽古させて頂く事が楽しい事ならばです、ね、それに実っていくということもまた有難いという、稽古をお互いさせて頂いておるので御座います。今、朝晩の御祈念に上滝さんがお参りして見えられる。もう昨日なんかはもうほんとにへとへとになるように、いつもの二倍も働かせて頂いた、あのようございますがです、やはり今朝の朝の語祈念にもお参りさせて頂いて、もう今日なんかは普通で言うなら、もうやれやれと言うごたる気持だったけれども、お参りさせて頂こうと思いよりましたら、一番下のさだみさんがなら僕がお母さんを送ろう、とこう言う。
 で今日は、さだみ、今日は送ってくれたんですよて、はぁおかげ頂いた、私はさだみさんがお参りしてきたことそのことがおかげだと思っておる。お母さんの顔のことは問題じゃない。ね、お母さんその事について、例えば、こげん体がきついけれど、お参りしよう、とこう決めた、そこにもう、合格があるです。ね、次にはもう、この人にも信心をわからせんならん、と言うことなら、送ってきてでんある。
 牛に引かれて善光寺参りではあるけれども、それからいよいよご縁をご縁として、言わば深く頂いていくことの、信心が、少しでも分かる、らせていただくと言うことになれば、こんなに有難い事はない。私それを聞きながら、一番実感して、はあ、おかげ頂いたのというて、さだみさんが、そのおかげでお参りができたと言う事であった。と言う様にですね、信心の稽古をさせて頂くということは。
 私はそう言う様な事だと。しかもならそういう信心の稽古は、どういう目的の為なのかと、いうことは、ただ今申しました様な事。一通りの事はもう椛目の先生の話やら、もう、いつでも同しことだ同じ事なんです。いわゆる定石と言うのがあるんです、おかげを頂くということの為には定石が。ああすりゃこうなる、こうなりゃああすると、なるということが、分かっておる。
 分かっておるけれども、実際問題としては出来ないところに、難しさがあると。けれどもそれが、本気に頂かせていただこうこつんなって、力も頂かせてもらう、おかげも受けられることが出来るというですね、そこんところを稽古していくために、私どもがいよいよ、神様をです、確信づけさせていくための、日々の信心の稽古を、ゆるがしにしてはならないということに、なるのじゃないでしょうかね。
   おかげを頂き……。